位スタート

<1990年ドラフト 横浜大洋1位 水尾嘉孝>                1990年、前年の野茂英雄に続いて史上最高(当時)の契約金1億円で横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団したサウスポーを憶えているだろうか? 150キロ近いストレートと多彩な変化球で、入団時は”ハマの大魔神”佐々木主浩以上の評価を受けた水尾嘉孝。

やっぱ仰木監督すごいわ!確かに、球団の命令を無視したのはわるいが、そのあとはいじめだな。オリックスにいって正解だったね。
リトルから一緒にやってた人知ってるけど大洋時代はほんとにひどかったみたい。あの時代大洋で活躍したのは育った訳ではなく元々の実力者だけ。当時の監督とコーチは誰だろうパワハラって言葉もなかった時代。
人生の希望が持てるいい話。目標や目的があれば進んでいけるし、やり直せる。水尾さんのように、やり直しが出来やすい世の中になれば、もっと救われる人が増えるはず。監督によっての運不運もある。
やはり仰木監督って偉大な人だったんだなぁ。所属するチームや環境ってやっぱ大事だな、とわかる話し。野球に限らず、環境のいい職場は仕事はチームプレイでやるもので雰囲気もいいからね。その頃の監督といったら近藤昭仁か。あれは監督の器じゃなかった。ロッテでも18連敗?の記録作ったし。
269試合登板で防御率3.42なら、活躍したと言われても良い成績だと思うんだけど、契約金が1億円でなければ期待外れと言われ無かっただろうな横浜で芽が出なかったのではなく、横浜が芽を摘んだという方が正しい。さすが、仰木さん。結果さえ出せば、あとは自由。でも責任は自分にあるけど、ダメでも悔いはないだろう。
ブルーウェーブとライオンズでは戦力になってたからタイトル見た時は???だったが、内容読んで納得。そして当時の監督を確認して更に納得。